オレゴンのBlack Eye
1月 27th, 20121986年秋。オレゴン州ポートランド。
オレゴン州は、カリフォルニア州のすぐ北の州であるが、日本ではテレビ番組の「オレゴンから愛」が、多少知られていたくらいで、あまり有名とはいえない州である。多分100人の日本人に尋ねたら99人は、その位置を答えられないだろう。
そのオレゴンで一番大きな街が、ポートランドだ。私の会社は、このポートランド近郊に工場を作った。1986年のことである。
オレゴン州は、西部開拓の最終到達点であるが、カリフォルニアと違い大きな金鉱が、発見されたわけでもなく、いわゆるForty-ninersは、大規模には到来しなかった。人口構成も西部開拓当時からそれほど変わっておらず、大半が、欧州のアングロサクソン系であり、Minorityの人口は、少ない。特にアフリカ系は、当時殆ど町中でも見かけなかった。私の会社の工場も若干のベトナム難民を除けば、ほとんどが欧州系アメリカ人だった。小さな中華街も存在は、していたものの、サンフランシスコなどと比べると無いに等しい規模だった。
ポートランドの町は、西部の都市としては、珍しく、ヨーロッパの香りがする。もちろん近代的なホテルは、いくつかあったが、建物自体は、歴史を感じさせるものが多かった。従業員もよく教育が行き届いていて、シリコンバレーのホテルよりは、ずっと快適だったのを覚えている。もちろん町中では、マイノリティが少ないためか、アメリカでは珍しく、小さな子供にじっと見つめられ“Chinese?”と聞かれるということもあったが。
工場の立ち上げ時は、様々な問題が起こる。そのため、日本の親工場から何人もの応援を派遣するのが定石である。このオレゴン工場でも日本の工場から何人も出張してもらった。しかし、その頃日本の工場で働いていた人は、あまり海外出張に慣れていない人が多かったため、トラブルに巻き込まれることもまれではなかった。仕事というよりは、アフター5で。
その日、夕食を何人かの工場からの出張者と取った私が、川辺のホテルに戻ったのは夜10時頃だったろうか。アルコールと時差ぼけのせいで、すぐにベッドに倒れこんだ。気が付いたのは、真夜中である。電話が、鳴っていた。深夜の電話にろくなものはない。すぐに受話器を取った。
「神能君、ちょっと悪いんだけどさ、なんかトラぶったみたいでさ。部屋に来てくんないかな?」という信州なまりが聞こえる。工場からの出張者だ。
「どうしたんですか?」
「英語だからよく分んないんだけどさ、部屋をノックするやつがいてさ、何か言ってんだ。No, Noって言っても全然帰らないから、何とかしてくんないかい?」
「すぐ行きます!!」取るものもとりあえず、その出張者の部屋に直行した。
彼の部屋は、3階上のエレベータから離れた、廊下の隅の部屋だった。エレベータから降りると、その部屋の前に、アメフトの選手のような大柄な若い男が一人いるのが見えた。そこに近づこうとした時、突然廊下の突き当たりにある非常口が開き、アフロヘアーのアフリカ系の少年が3人、あっという間にその大きなアメフト男を羽交い絞めにし、ボコボコと殴り始めた。アフリカ系の少年達は、倒れこむアメフト男をなおも殴りながら、口々に、小さな声で何か言っている。”Ya know watchya doing? Ha?”と聞こえる。
私が近づくと少年たちは、今出てきたばかりの非常口に飛び込むように入って行き、ドタドタという階段を下りる音だけが、響いた。この間、わずか1分ほどだろうか。
少年達が、もう来ないことを確認した私は、部屋の前でのびている男の横を通り、出張者の部屋をノックした。
「どうしたんですか?」私が聞くと、出張者は、「分らねぇんだ。こいつがずっとノックしてたんで、怖くなって、電話したんだ。」と言う。
ふっと気が付くと廊下にのびていた男が、立ち上がり、こういった。
“May I use the bathroom?”
顔には大きなあざができている。立派なBlack eyeだ。
“Don’t you want me to call the police?”と私が尋ねると、
“No, no, never.”と血相を変えて拒む。危険は、なさそうな男だ。ガンもナイフも持っていないのは明らかだ。あれば殴られる前に使っているだろう。
“ I just wanna wash my face.”と言うので、非常口横の小部屋にある清掃用具洗浄用の水道を使わせた。
アメフト男は、顔を洗っている間に問わず語りに話し始めた。アフリカ系の少年達は、自分と別のグループの人間だという。何でホテルの廊下で殴りあった、というより一方的に殴られたかというと、簡単に言うと違うグループのビジネスに手を出したからということだった。出張者の部屋は、いつも彼の顧客が泊まる部屋だったのだが、今回は、何かのミスで違う部屋に泊まってしまったらしいという。彼もしきりに謝っている。出張者にしてみれば、いい迷惑だ。真夜中に叩き起こされた私もだが。
このアメフト男と話をしていて感じたのだが、都会と違って、こういう「世界」の人間にしては、礼儀正しい。オレゴンの朴訥とした木こりのような感じ、と言えば良いのだろうか。
真っ当な仕事をすればいいのにと思ったものだ。
顔を洗い終わると彼はゴソゴソとポケットから名刺を出して、まだ少し濡れている手でそれを私に渡しながらこう言った。
“Next time you come to Portland, call me.”
こんな時でも営業か!私も彼のお客に見えたのだろうか。複雑な気持ちだった。
- by 神能 粋人 -
Ikuhito Kanno





