米国見聞録 JAIMS日本支所スタッフ執筆
米国見聞録について

JAIMS日本支所で留学プログラムを担当するスタッフが、米国での生活体験をもとに、現地での生活、異文化体験、留学、そして英語などについて書いたエッセイです。自らの米国生活に関するエッセイを提供することにより、留学を検討している皆様が、海外に住むのはどういう事なのかをイメージしていただく一助になればという願いから執筆しております。皆様のご参考にしていただければ幸いです。
米国見聞録 一覧
| 011. この紙に記入してください 2010/3/5 |
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| 日本では伝票などに氏名や連絡先情報を記入することが非常に多いと思います。一方、アメリカでは、このような事はほとんどありませんでした。連絡先情報が必要な時は、店員さんが端末から情報を取り出すので、紙に記載する必要がないですし、初回にそのような情報を登録する時でさえ、紙に記入することは、ほとんどありませんでした。 |
| 010. 忘れられない授業 2010/2/9 |
| 語学学校で2ヵ月目に受けた授業が、いまだに忘れられません。会話力を強化するためのクラスでしたが、先生の一言によって、異文化環境での私の振る舞いが大きく変わりました。この授業がなければ、今の私はないと言っても過言ではありません。とても大切なことを学んだのです。 |
| 009. エコになるアメリカ 2010/1/18 |
| アメリカというと、大量生産・大量消費社会のイメージが強くて、環境に優しいというイメージを持たない方も多いのではないでしょうか。しかし先日米国を訪問して、リサイクル意識の高まりなど、これまでと比べてアメリカの状況が少しずつ変わってきているように感じました。 |
| 008. アメリカのタクシー 2009/12/7 |
| 最近は、海外出張に行っても、駐在員の車に乗せてもらったり、レンタカーを借りたりするので、あまりタクシーに乗る機会はありませんが、昔はよくタクシーに乗っていました。その時、一番苦労したのが運転手とのコミュニケーションです。今になって思えば、色々と苦労したものです。 |
| 007. 英語を話せるようになった時 2009/10/27 |
| 英語を話せるようになったと実感したのは、渡米後1ヶ月ほどの時でした。言いたい事を全て伝えられるようになった訳ではありませんが、比較的スムーズに意思疎通できるようになったのです。実際には、日によって英語力の調子に善し悪しがありましたが、次第にスムーズに会話できない日の割合が減って行きました。 |
| 006. 英語を話せるようになるまで 2009/9/30 |
| 私にとってキャンプの楽しみは、バーベキューと焚き火です。バーベキューは炭から発せられる遠赤外線により、肉が美味しく焼けます。米国で焚き火というと、マシュマロをあぶって食べることですが、私は松ぼっくりの方が楽しみです。 |
| 005. 車の運転に対する考え方の違い 2009/8/18 |
| 「ブレーキを踏むな!」歩行者を優先させるべく、減速しようとしたのに、教官から怒鳴られたので、とても驚きました。しかし教官の説明を聞き、米国が自動車社会たる所以が理解できたような気がしました。 |
| 004. キャンプでの楽しみ 2009/7/27 |
| 私にとってキャンプの楽しみは、バーベキューと焚き火です。バーベキューは炭から発せられる遠赤外線により、肉が美味しく焼けます。米国で焚き火というと、マシュマロをあぶって食べることですが、私は松ぼっくりの方が楽しみです。 |
| 003. 留学中に出会った人々 2009/6/29 |
| 留学すると、学校で学ぶこと以外にも、得られることはたくさんあります。その1つが人との出会いです。私も留学中にたくさんの人と出会い、物事の考え方や自分自身が持つ価値観に大きく影響を受けました。 |
| 002. アパート暮らしを始める手軽さ 2009/6/29 |
| 米国では5カ所のアパートに住みましたが、どこも暮らしは快適でした。日本に戻ってきて家を借りた時、改めて米国でのアパート暮らしの簡単さを実感しました。生活の質を考える時、住居の広さや間取りに目が行きますが、簡単に住居を変えられるかというのも重要な要素だと思います。 |
| 001. 高速道路の利便性 2009/6/29 |
| 米国の高速道路は、非常に便利に作られており、自動車社会の一翼を担っています。道路網が整備されているだけでなく、利便性を追求した作りになっています。もし旅先で車を使うことがあれば、高速道路を使って、郊外まで足を伸ばしてみると実感できるかもしれません。 |
執筆者紹介
現在、JAIMS日本支所にて富士通奨学金、日本MBAプログラム、EWKLPのマーケティングなどを担当。 日本で生まれ育つが、大学3年終了後に米国ミネソタ州へ語学留学。そのまま現地に滞在することを決め、日本の大学を中退して現地の大学へ編入。大学院修了後、現地のコンサルティング会社にて小売業の調査などを担当。別プロジェクトの顧客であった富士通から声をかけられ、日本へ転職。同社海外拠点の技術者育成に6年間携わった後、JAIMS日本支所へ異動し、現在に至る。





