米国見聞録 JAIMS支援部スタッフ執筆

003. 留学中に出会った人々 (2009/6/29)

留学で得られる事はたくさんあります。多くの人にとって留学の主たる目的は、日本の学校では受けられない授業を受けることではないでしょうか。これは有名な先生の授業を受けることであるかもしれませんし、日本では教えられていない専攻科目を学ぶことかもしれません。また日本で教えられている教科であっても、国が変われば教え方や教える内容が異なるかもしれません。しかし授業で学ぶこと以外にも、留学で得られることはたくさんあります。その1つが人との出会いです。私も留学中にたくさんの人と出会い、物事の考え方や自分自身が持つ価値観に大きく影響を与えられました。

私にとって一番強いインパクトがあったのは、パオとの出会いです。たまたま専攻が同じ政治学だったため、いくつかのクラスで一緒になりました。アジア人が比較的少ない学校だったので、お互いすぐに話をするようになりました。ある時、なぜ政治学を専攻しているのかという話になったのですが、その時の事を私は今でも鮮明に覚えています。パオはラオスの山岳地帯に住む少数民族で、子供の頃から自分たちの民族は身を守るために銃を持って殺し合いをしてきたとの事。だからこそ、人々はなぜこのような争いをするのかを知りたくて政治学を勉強しているのだと教えてくれました。平和な国と時代に生まれ育った私にとっては、彼のような体験をした人と知り合い、話を聞くことができたのは、貴重な経験でした。

もう1人は同じ寮に住んでいたニュエンです。彼はベトナムで生まれましたが、小さい頃、ボートに乗って家族全員でベトナムを脱出した、いわゆる「ボートピープル」です。彼の乗ったボートは日本にたどり着き、日本では沖縄にあった難民収容所で暮らしていたそうです。そこで日本語教育などを受け、日本で生活していくよう頑張りましたが、少なくとも当時の日本は、彼らのような人たちの受け入れ体制が色々な面で整っていなかったため、その後、家族でアメリカに移住してきたとの事です。小さい頃に日本で教育を受けたため、彼は日本語がかなり達者なのですが、頑なに日本語を使うことを拒む事から、日本でどのような生活だったのかが想像できました。彼は決して日本の事を悪く言いませんでしたが、彼の態度から、彼が日本でどのような思いをしたのかを感じ取ることができました。

もう1人はニコールです。彼女は国際関係学の専攻だったため、国際政治の授業でいくつか同じクラスを取りました。たまたま私がトラブルに巻き込まれ、アメリカの法制度について色々と調べていた時に、こちらから声をかけてアドバイスを求めました。それ以降、話をするようになったのですが、彼女はコスタリカ生まれですが、小さい頃にアメリカ人に養子として迎えられ、アメリカ人として育ったそうです。日本では、生みの親と育ての親が違うということは、知り合ってすぐの人にはあまり話さないと思いますが、彼女は普通の会話の脈絡の中でその事を教えてくれたので、私にとっては少々驚きでした。しかし周りをよく見てみると、アメリカでは白人の夫婦が黒人の子供やアジア人の子供を連れて歩いていたりするのをしばしば見かけました。親子が同じ人種であれば、血縁関係がなくても気づきにくいかもしれませんが、明らかに異なる人種であれば、血縁関係が無いことは本人にとっても明白です。またアメリカでは、子供ができない夫婦を中心に、アフリカ、アジア、中南米の子供を養子に迎えるプログラムが豊富にあるので、そのような国の子供を養子に迎えるということが珍しくありません。そのため社会での認知も手伝って、アメリカでは養子として生みの親とは異なる家で育つ事に対して、あまり抵抗がないのではないかと思います。

留学すると、これまでの自分の交友関係の範囲を大きく超えるような人に出会う可能性が高まると思います。もしかすると、それは単に自分とは異なる境遇で生まれ育った人かもしれません。しかしそのような人たちに会うことによって、それまで自分が持っていた価値観を変えなければならなくなったり、これまで考えてもいなかったような別の物の見方ができるようになったりすることにより、人間として一回り大きく成長する機会になることが多分にあるかと思います。せっかくの機会ですから、皆さんも留学した暁には、是非とも少しでも多くの人と知り合いになり、貴重な体験をしていただきたいと思っています。


パオと出会った母校の教室入り口

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