GLIK Web講座 第1回 経営理論 知識経営 (1)

「Knowledge Management and Innovation」
“イノベーション”のための知識経営
その1 企業の経営資源である知識の創造と、必要な能力

イノベーションとは、社会にとって新しい価値を生み出し、善い未来を創造することです。知識経営論では、組織がいかに知識を創造し、活用し、イノベーションを起こして価値を創っていくかについて学びます。
講師は、国際経営戦略、イノベーションマネジメントにおいて豊富な実績を誇る遠山亮子氏です。第1回は、企業にとって重要な経営資源である知識はどのように創造されていくのか、またフロネシス(賢慮)という概念について解説していきます。

富士通JAIMS 理事/プログラムディレクター 遠山亮子

富士通JAIMS 理事/プログラムディレクター
遠山亮子

中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)教授。一橋大学商学部卒業後、ミシガン大学経営大学院博士号(Ph.D.)を取得。北陸先端科学技術大学院大学准教授を経て現職。専門分野は国際経営戦略、イノベーションマネジメント。野中郁次郎(一橋大学名誉教授) と長年研究活動を共にし、共著『流れを経営する』(東洋経済新報社)などがある。

知識は信念(主観)と正当化(客観)の相互作用により創造される

企業が存続し続けるためには、その企業にしか提供することができないユニークな価値を創りだす必要がある。そのためには、市場や競争相手など、企業を取り巻く環境に合わせて自らを変化させるのみならず、環境を自分の将来のビジョンに合わせて変えていかなくてはならない。こうした企業が自らと環境を変えていく活動を、我々は知識創造と呼ぶ。知識は企業にとって最も重要な経営資源であり、企業の存在意義でもある。企業が存在するのは、他の企業には創ることができない知識を創るためである。

知識の最大の特質は、それが「人が関係性の中で作る資源である」ということである。知識は、人が他者との関係、あるいは環境との関係性の中で創り出すものであり、そのときの状況や知識を使う人の人的特質(思い、理想、主観、感情など)によって意味や価値が異なってくる資源なのである。

知識とは「正当化された真なる信念」と定義される。つまり、知識を創造するにはある考えが真であると証明する必要があるのだが、そのためにはまず「信念」が必要となる。新しい価値を生み出すためには、それまでにないユニークな知識が必要となるが、そのような知識はユニークな信念から生み出される。ユニークな信念とは、物事をこれまでとは違う角度から見ることによってもたらされる。

しかしそうした信念や視点を組織の中で持ち続けることは難しい。組織が組織として活動するためには、組織成員の視点が統一されているほうが効率的であるため、組織は常に成員の視点を統一しようとする圧力を持つ。しかし、異なる視点を持つ人間を持たない組織は、知を作り続けることはできない。

また、信念はそれだけでは当然知識とはならない。個人の抱いた思い(主観)は、他者や環境との間で行われる社会的ダイナミクスの中で正当化(客観化)され、「真」とされていく。知識とは他者との相互作用を通じて、なにが真・善・美であるかを問い続けるプロセスであり、そうした信念(主観)と正当化(客観)の相互作用にこそ知識の本質がある。したがって、知を創造するためには、自らを中心として物事を見る主観的立場と、自分を離れて外から観察するという客観的立場の両方が取れる人間である必要がある。

フロネシス(賢慮)が知の質を高め、良質な知を総動員し、統合する

企業が価値を創り続けていくためには、多層にわたって知の質を高め、内外に偏在する良質な知を総動員し綜合していく必要がある。そうした活動に必要な能力を、われわれはフロネシス(賢慮)と呼ぶ。

フロネシスという概念の起源は、アリストテレスにさかのぼる。アリストテレスは知識をエピステーメ(episteme)、テクネ(techne)、フロネシス(phronesis)の三つに分類した。エピステーメは、どのような状況にも通用する普遍の真理であり、科学的知識に対応する。テクネは、実用的な知識やスキルを応用することで何らかのものを生み出し、つくりだすノウハウである。

そしてフロネシスは、一般には「個別具体的な場面の中で、全体の善のために、意思決定し行動すべき最善の振舞いを演ずる見出す能力」と定義される。つまり、価値・倫理についての思慮分別をもって、その都度のコンテクストや状況において最善の判断と行為ができる実践的知恵(高質の暗黙知)である。

「車」を例として考えてみよう。端的に言って、テクネが「車をうまくつくる」ための知識であるとすれば、フロネシスとは「よい車とはどのようなものであるかを知っている」ということである。テクネだけでは企業は存続できない。いくら車をうまく作ったところで、それが車のユーザーにとって「よい車」でなければ、その車は価値を生むことはできないからだ。

しかし、何が「よい車か」というのはエピステーメにはなり得ない。「よい」というのは主観の問題であり、その車に乗る人間や時代によって変わるため、普遍の真理にはならないからである。ある時代、ある顧客のためという「個別具体的な場面」において何が最善の「よい」なのかを判断しそして実現する能力、それが賢慮(フロネシス)である。

変化する状況の中で、最善を判断する能力、フロネシス。次回はこの能力についてさらに具体的に解説し、フロネシス育成のための企業の取り組みや、リーダーが持つべき意識などについて学んでいきます。

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